コガネムシは自然の光学素子である
コガネムシの金属のような輝きは、絵の具のような色ではありません。
その体表にある微細な構造が、光の中から特定の成分を選び分けて反射することで生まれています。
つまりコガネムシの身体は、ただ光をはね返す表面ではなく、光を受け取り、選択し、変換して返す「自然の光学素子」だと言えます。
昆虫とコンピュータの共通点
佃は、昆虫とコンピュータのあいだに共通点を見ています。
コンピュータは、外から入力された情報を内部の回路によって処理し、映像や音、動きとして出力します。
一方で昆虫も、光、匂い、振動、温度といった環境の情報を受け取り、身体の構造や行動によって別のかたちに変換しています。
この作品では、コガネムシを単なる生物標本としてではなく、環境の光を処理する小さな装置として扱います。
昆虫の身体は、自然がつくり出したもうひとつのコンピュータなのです。
コガネムシの見ていた森を見る
コガネムシの輝きは、森の中で生まれました。
葉の反射、木漏れ日、湿った空気、見る角度によって変わる光。そうした森の光環境に応答するように、コガネムシの体表は進化してきたと考えることができます。
この作品を見ることは、人間の目で森を見ることではありません。
コガネムシの身体を通して、コガネムシがまとってきた森の光を見ることです。
正確には、コガネムシの眼が見た映像を再現するのではなく、コガネムシの体表が受け止め、選び分け、反射してきた「森の光の風景」を見る試みです。
作品の体験
本作では、プロジェクターの光をコガネムシの体表に当てます。
しかし、その光は壁に映る一般的な映像とは異なり、コガネムシの表面でだけ像として立ち上がります。
鑑賞者が少し動くと、見える色や明るさは変化します。
像は固定された画面の上にあるのではなく、光、昆虫の体表、そして見る人の位置関係によって、その場で生まれます。
原理の補足
コガネムシの体表色は、色素ではなく構造色によって生じています。体表内部のナノスケールの層構造や螺旋状の配列は、特定の波長や偏光状態の光を選択的に反射します。特にコガネムシ類には、円偏光に対して選択的に応答する性質があり、これはコレステリック液晶のような螺旋構造と近い光学的ふるまいとして捉えることができます。資料内でも、コガネムシの体表を「自然が生成した光学素子/変調器」として位置づけています。
本作では、プロジェクター、偏光フィルタ、1/4波長板などを用いて、光の偏光状態や入射条件を設計します。その光がコガネムシの体表に当たることで、特定の光だけが選ばれ、反射されます。
そのため、ここでのコガネムシは単なる投影面ではありません。
入力された光を、身体構造によって選択・変換・出力する、自然由来の光学的な情報処理装置として働いています。